僕は僕の顔をまじまじと見る。ホテルの照明は薄暗く細部は影となり、大まかな現在の特徴、風呂に入ったばかりでぺったりとした髪や先端のない眉、口許のつきだし加減が影に影を重ねる。肩に視線を転じると、微かに上下しているのが分かる。さらに背景に目を転じると、すでに眠りの池の水を飲んだ人間達の、むき出しになった足がベッドにうっちゃられているのが目に入る。
僕は同時にこれら、一つの画面に映されている世界を、一つのものとして認識できない。化粧鏡に映った世界は視点によって何重もの異なる世界を作り出す。着崩したホテルの浴衣を微動させているのが自分なのか、よく分からなくなる。
下宿の鍵を仲介会社に渡した後、交渉を続ける両親を背中に、玄関前に広げられた荷物をまとめていると、仲介会社は何の感動もなくふいに下宿の鍵を閉め、挨拶をし出て行った。僕は自分の手の速度を緩めなかった。東京から帰った昨日と今日の二日間、ほとんど寝ないでトランクルームと下宿先を往復し、実家に送るものとトランクルームに入れるものを分け、まとめ、捨てる作業をしていたのだ。ギリギリの仕事は部屋の明け渡し時間に間に合わず、玄関先にはたくさんの無秩序があった。トランクルームにいれるのか、実家に送るのか、はたまたごみ捨て場に置きに行くのか。同じ階に住んでいる隣近所や大家さんのことを考えると、汗まみれで体中真っ黒になった自分とシャワーの音を考えると、感慨もへったくれもなく、時
間に追われヘトヘトになりながらも、今日で最後!と己を奮い立たせた。(たった二日で引っ越しを敢行するのは横暴であったのやもしれぬ(汗)
まだあれから半日も経っていないのに、すでに過去のできごととして認識している自分への不思議。
この部屋の引っ越し準備が本格化する前に思っていた事とも微妙に違う。
「僕の延長は、僕の身体に収縮しつつあるのだ。
汚くも居心地のいい部屋を支えるもろもろ―ベッド、読書灯、本棚、机、ソファ―は、その価値、意味を記憶の銀行に預けて、暗い小さな空間、トランクルームに沈む。
分有した僕の要素は、再び僕に帰り僕は縮んでいく。」
今や、ノスタルジーを感じると言うよりも、他人行儀なよそよそしさをかんじる。京都。ホテルのシーツの心地良さ同様に、好ましいが遠いのだ。この厳たる遠さが悲しい。僕はこの街を知っているのに、寄り掛かるすべがない。縮小というよりは隔離だ。
珈琲の染みが一つ落ちて行く度に、壁に貼られたポストカードや絵を取る度に僕は何も感じなくなる。僕は他人の部屋を片付けているのだという感覚が、行為の根底に横たわっていた。
ああ、僕は何が言いたいのかな?ケータイ打ちじゃ良く考えられないや。